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 HIV陽性と打ち明けられるといった経験は、パートナーや家族、友だちなどのプライベートな人間関係の中での話と思う人が多いかもしれません。しかし、HIV陽性者は、いわゆる働き盛りの世代の人が多く、HIVが慢性疾患に近くなったいま、その多くが働いたり勉強したりといった社会参加をしています。
  つまり、プライベートな関係があろうとなかろうと、HIVとつきあいながら生きている人は身近にいるかもしれないのです。職場の同僚や部下などから打ち明けられた体験をした人が増えてきているかもしれません。
 夕食後、突然携帯が鳴った。普段めったにかけてこないスタッフからの電話だった。気楽に出た私に、Aさんの声は随分暗かった。「僕、HIVに感染しちゃいました」「えっ!どういうこと?」咄嗟に出た私の言葉に少し躊躇しながら、彼は、感染経緯や自分が同性愛者であることをゆっくり話し出した。衝撃的な告白2連発に動揺しながらも努めて平静を装い、私は頭の中で猛烈なスピードで考えを巡らせた。「誰が知っているのか?」「仕事をやめることになるのか?」「他者に感染しないのか?」「事実が発覚したら風評被害は大丈夫か?」とにかく情報を整理せねばと私は彼に質問を投げかけた。
 彼は優秀なスタッフである。正直辞められては困る。また「仕事に迷惑をかけるから」と決死の覚悟で告白してくれたことも、彼の実直さが伝わりうれしかった。彼を守ろうと思った。ただ会社としては風評被害が何よりも怖い。「この事実が外部に漏れ業務に影響を及ぼした場合は、私はあなたを守りきれない」と電話の最後に伝えた。
 HIVに関する正しい知識を集め、現在は本人の体調を確認しながら業務を行っている。もちろん職場の他のスタッフはこの事実を知らない。本当の自分を曝け出すことができ肩の荷が下りたのか、以前よりも彼は生き生きと仕事をしているようにみえる。
 私はよき理解者かと言われれば、まだわからない。エイズや同性愛に対する世間の理解は決して好意的なものではない。私も少し前まではその一人であった。しかし身近に直面すると、Aさんの人柄もあいまって、不思議と不快に感じることはない。この先不安がないわけではないが、正しい知識をもとに冷静な判断はできるであろうと自負している。だが、その判断が正しいか否かは誰にも相談できない。
 HIV陽性者の生活と社会参加に関する調査(※2)では、回答者の約76%が働いていました。
 仕事の内容や健康状態にもよりますが、多くの場合、HIVに感染しているからといって仕事を辞めなければならないということはありません。しかし、差別・偏見に対する不安から、職場でHIV陽性であることを打ち明けることは、まだまだハードルが高いと感じている人が多く、病名を隠していることにストレスを感じている人も少なくありません。
(※2)「HIV /エイズとともに生きる人々の仕事・くらし・社会 ~ HIV陽性者の生活と社会参加に関する調査報告書」(厚生労働省 地域におけるHIV陽性者等支援のための研究班,2009)
 特定の上司や仲の良い同僚、人事部など、知っておいてほしいと思う人に限定して伝えているHIV陽性者は少なからずいます。前述の調査では、23%の人が、職場の誰かに病名を伝えていました。
 HIVだけでなく、何か病気があるということはきわめてプライベートなことがらですので、仕事に影響がない限り、職場に伝えなければならないという義務はありません。その上で、伝えておきたい、知っておいてほしいと思った人にだけ伝えているのかもしれません。
 伝えられてどのように対応したらよいかと悩む人がいます。まずは、相手の話をよく聞いて、何を望んでいて、何を望んでいないかを知ることが大切です。本人が望んでいないにもかかわらず、 第三者に伝えてしまい、本人に不利益をこうむらせるような事例が起きているということも、今の日本の現実です。
 2009年のまだ残暑厳しく何の目的もないまま同じような日々を繰り返していた夏の日、ここしばらくの体調不良から念のためと思い近医を受診してこの病気のことを知る事となる。
 告知を受けたとき思い当たる行為もしてしまっていたし、受け入れている自分がいた。(後々思うと凄く動揺していたわけだが…。)告知を受けたあと一番困ったのは、医療職(看護師)としてこのまま仕事を続けても良いのだろうか、暗闇の中を当てもなく彷徨い続け、仕事に行けなくなり結局辞めてしまうこととなった。
 そんな中、仲の良い友人に相談したら、その友人の周りにも同じ病気の人がいて受け入れてくれた。そして支援団体を紹介され相談しに通うようになった。はじめの頃は症状も安定していなかったし、医療職とはいえ自分の担当すること以外の事など漠然とした知識しかなく、今後のことを考えると不安で仕方なかった。
 少しずつ色々なことを教えてもらったり、福祉制度を利用したりして、治療を開始し徐々に体も気持ちも安定してきた。ただ、もう医療職として働いちゃ駄目だって感じていた。それは、その頃に闇雲な就職活動をしていて、面接の際に隠し事はしたくないとこの病気を告知すると、一番理解してくれる立場の人に「もし人に感染させたらどう責任を取るんだ」と言われ、後日連絡をすると言ったまま何も返事もない所が数社あったからだ。でも、畑違いの仕事をしようにも経験がなかったり、自分自身何がしたいのかイメージ出来ない状態で、良い結果が出ないままで日々だけが過ぎていった。ただ医療職にはもう戻っちゃ駄目なんだ。バイ菌扱いでしかないんだって自分に言い聞かせながら。そんな日々を送る中で、たまの息抜きにしていたSNSでメッセージをやり取りしていた人に、近所だしお茶でもしないかって話になり会ってみることに。たあいのない話をして盛り上がり色々話していたら、その彼も同じ職種で、彼の勤め先で求人を出しているし、一緒に働かない?それに、男性スタッフ多いから人間関係も良いよって勧められ凄く嬉しかった。直ぐに応募するって言いたかったけど、少し考えさせてくれと言いその日は別れることにした。
 数日後、返事も兼ねてもう一度会うことにした。言っておいた方がいいと思い、病気のことを話し断ろうと思っていたら、「そんなこと気にしなくて良いんじゃない。別に病気のこと話す必要ないと思うよ。」「 誰かに意図的にうつすなんてことしないでしょ。それより体調はどうなの?」と心配してくれる言葉を聞いたときに、自分の中の張り詰めていた気持ちが溶けていく気がした。そして、もう一度一から歩き出そう。人の痛みに寄り添い、手助け出来るようになろう。そんな思いを抱きながら応募してみることになった。
 そのあとは凄くとんとん拍子に話が進み、職場でのカミングアウトはしていないが、直ぐに働き出すことになった。振り返ってみると、自分でも意固地になっていたりして馬鹿だなって思いつつも、その間に色々あがいてみたり、あらためて人のつながりって大切だなって実感したことは掛け替えのない財産になったと思う。
 最後になってしまったが支えて下さって人たち全てにこの言葉をお送ります。
 心からありがとう。
 今の職場で働き出して2年目の年末調整の時期。 「何もなければ上の欄に住所と名前を書いてくれればいいから」と施設長から手渡された年末調整の書類。
 この時期になると、自分は、そういえば障害者なんだということを思い出させられる。毎日、薬を飲むことや障害者手帳を使って公共施設を利用するときにはさほど実感しない、「障害者」という自認と向き合う機会だ。それは別に、障害者という自分に嫌気がさしたり落ち込んだりすることはないのだけれど、単純に面倒くさいなぁと思う。
 今の職場に移った最初の年は、自分で税務署に行って確定申告をした。でも今回は、書類の提出時に障害者控除をしようと思った。「たぶん大丈夫だ」という自信が、僕にはあった。僕がこの病気や障害を持っているということを伝えても、何も変わらずに付き合ってくれる上司だという信頼感を、僕は持っていた。別に上司とHIVについての話をしたことはない。でも、普段の何気ない会話ややり取りからその信頼感は生まれていった。
 書類を受け取った翌日。「施設長、ちょっとお話しが。ええと、実は黙っていたことがあるのですが。実は私は障害がありまして。 それは、免疫不全という障害なのですが。 で、今回、年末調整の際に障害者控除を申請したいのですが、よろしいですか?」
 すると、施設長は、特に顔色を変えることなく、「 うん、いいですよ。何か必要な書類とかあるのかな?」と、事務的な質問が2、3あり、それ以外は特に突っ込まれることはなかった。
 ほらね、やっぱり、大丈夫だった。 理想的な関係が築けていると、あらためて感じた瞬間だった。
 経済状況などの影響はもちろんありますが、HIV陽性とわかってから離転職をする人は少なくありません。前述の調査では、就労経験者の42%が陽性とわかった後に離職をした経験がありました。また、再就職や転職を目指しているのになかなか難しい状況にある人もいます。
 病名を告げずに就労の継続や新規の求職をしている人も少なくありませんが、免疫機能障害の障害者雇用(注1)での就職活動をする人も多くなってきました。免疫機能障害に対する理解は以前より進んでいると言えますが、企業や採用担当者による対応の差など、まだまだ大きいのが現状です。
(注1)障害者雇用促進法により、一定規模以上の事業主は障害者を一定の割合以上雇用すべき義務があり、 これを障害者雇用または法定雇用と言い、免疫機能障害もその対象となっている。